ピーターラビットと、わたしと小鳥とすずと

世田谷美術館で開催されているピーターラビット™展に行ってきました。2022/6/19(日)までです。

www.setagayaartmuseum.or.jp

 

ピーターラビットは、イギリスの裕福な家庭に生まれたビアトリクス・ポターが、病床の少年に宛てた絵手紙に初めて登場し、1902年に「ピーターラビットのおはなし」が出版されると、すぐに人気となり、今日では世界中で愛されているキャラクターです。このビアトリクス・ポーターの人生を知り、感じたことを二つ記します。

 

文学作品におけるライセンスの先駆者

冒頭に、ピーターラビット™、と記載しました。TMはTradeMarkの略であり、商品商標のマークです。ビアトリクスは、作家としての才能だけでなく、経営者としての才覚もあり、出版後すぐにライセンス契約を取得しました。そして、ピーターラビット™は、文学作品のキャラクターとしては、世界で最古の特許例となっています。

ウォルトディズニーが、ミッキーマウスを放映したのが1928年。その20年以上前に、キャラクターの事業化を見据え、版権を取得した先見性は素晴らしいです。

 

素晴らしい才能を開花するのも環境次第

ビアトリクス・ポターは、1866年生まれ、1943年に77歳で亡くなっています。創作活動はもちろん、その事業化に貢献し、自身の才能を如何なく世の中に広めました。一方、素晴らしい才能を持ちつつも、その才能が社会に大きく広まることなく世を去った金子みすゞを思い出しました。

金子みすゞは、1902年に山口県長門市に生まれた童謡詩人です。当時の日本は、現在よりもはるかに男性優位の社会でした。夫の放蕩が酷いことが理由で離婚しても、一人娘の親権は得られず、1930年に26歳の若さで自殺します。生前、「わたしと小鳥とすずと」など、現在でも深く共感できる作品を残していますが、彼女が著名となったのは1980年以降のこと。それまでは、忘れ去られていた詩人でした。

このように素晴らしい才能を持った二人が、生きた環境によって、全く異なる生涯を過ごした運命の残酷さ感じました。

 

作品は非常に可愛らしく、ホンワカとした気持ちになれます。会期は残り僅かですが、是非!!